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大阪高等裁判所 平成元年(ネ)979号 判決

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一  申立て

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、株式会社辻和(京都市下京区室町通松原下る元両替町二五七番地)に対し、金一五〇〇万円及びこれに対する昭和六二年六月一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨。

第二  主張

次のとおり付加、訂正するほか原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決二枚目裏五行目の「あるもの」を「あったもの」に、三枚目裏五行目の「法人税違反」を「法人税法違反」に、四枚目裏末行の「更正計画」を「更生計画」に、五枚目裏八行目及び六枚目表三、四行目の「追求」をいずれも「追及」に、八枚目表五行目の「暗星的」を「暗黙」にそれぞれ改める。

二  控訴人らの当審における追加主張

株式会社辻和(以下、訴外会社という。)の更生手続は、平成元年三月三一日、終結した。控訴人らは、同年五月二三日到達の書面をもって訴外会社代表者代表取締役小室卓司に対し、被控訴人に対する前記損害賠償請求訴訟を提起するよう求めたが、訴外会社は、その後、三〇日を経過するも右訴訟を提起しない。

よって、控訴人らは、現時点では商法二六七条の規定により代表訴訟を提起し得るに至った。

三  控訴人らの右主張に対する被控訴人の反論

訴外会社にかかる昭和六一年五月三一日付けの本件法人税申告は、被控訴人が訴外会社の代表取締役としての権限に基づき、あるいはその任務遂行として行ったものではなく、管財人としての権限と責任において行ったものである。訴外会社の更生手続においては、被控訴人に対し取締役としての権限が全く付与されていないのであるから、右申告を含むすべての被控訴人の行為について訴外会社の取締役としての任務懈怠の問題が発生する余地はない。したがって右申告行為について訴外会社において訴訟追行権を有することはあり得ないものというべく、更生手続が終結したからといって訴外会社が被控訴人に対する訴訟追行権を回復するということは全く観念し得ない。

よって、更生手続が終結した現時点においてもなお、右訴訟追行権を前提として訴外会社を代表して株主たる控訴人らが提起した本件訴えは、当事者適格を欠く不適法なものであることを免れない。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一  控訴人らの本件請求は、商法二六七条に基づき、被控訴人に対し、被控訴人が訴外会社の代表取締役として法人税法違反という脱税行為をなした結果、訴外会社に被らせた損害につき、その賠償を求めるというものである。

これに対し、被控訴人は、本件訴えは不適法である旨主張するので、案ずるに、〈証拠〉を総合すると、訴外会社は、昭和五五年三月二六日、京都地方裁判所において更生手続開始決定を受け、同五六年二月一八日、同裁判所によって更生計画認可決定がなされ、以来、更生手続が遂行され、平成元年三月三一日、更生手続が終結したこと、被控訴人は、右更生手続開始決定と同時に管財人に選任され、併せて昭和五六年二月一八日に訴外会社の代表取締役に選任されたこと、訴外会社においては、更生計画において、訴外会社の事業の経営並びに財産の管理及び処分をする権利を取締役に付与する旨の定めがなく(会社更生法(以下、更生法という。)二一一条三項)、かつ、更生計画認可後同六三年一〇月二四日までの間に訴外会社に関する右権利が取締役に付与されたことがないこと(同法二四八条の二)、被控訴人は、管財人として、同六一年五月三一日、下京税務署長に対し、本件法人税申告書(乙第三号証)を提出したこと、控訴人らは、同六三年五月二四日の六か月前から引き続き訴外会社の株式を有する株主であるところ、訴外会社に対し、同年五月二五日到達の「取締役に対する訴提起請求書」と題する書面をもって、右法人税申告書提出に関し、訴外会社の代表取締役である被控訴人が同社に損害を与えたことを理由に、その責任を追及する訴えを提起するよう請求したこと(以下、第一回請求という。)、しかし、右請求後三〇日以内に右訴えが提起されなかったので、控訴人らは、商法二六七条に基づき本件訴えを提起したこと、更に、訴外会社更生手続終結後、控訴人らは、訴外会社(代表者代表取締役小室卓司)に対し、平成元年五月二三日到達の「取締役に対する訴提起請求書」と題する書面をもって右同旨の訴えを提起するよう請求した(以下、第二回請求という。)が、訴外会社は、右請求後三〇日以内に右訴えを提起していないこと、以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

なお、控訴人らは、本案前の主張に対する控訴人らの反論4において、訴外会社については更生法二一一条三項又は二四八条の二によって、取締役に権限が付与された場合と同視すべきであるなどと主張するが、更生法の各規定の趣旨に徴して右主張は採用できない。

二1  ところで、更生手続開始決定があった場合においては、更生法二一一条三項又は二四八条の二の規定により、会社の事業の経営権、財産の管理・処分権が取締役に付与された場合を除くそれ以外の場合は、会社の事業の経営権、財産の管理・処分権は管財人に専属し(更生法五三条、以下、右通常の場合を前提として検討する。)、管財人は、裁判所の監督を受け(更生法九八条の三第一項)、会社、株主を含む利害関係人らすべての者との関係で善良な管理者の注意をもってその職務を行ない(更生法九八条の四第一項)、管財人が右注意義務を怠ったときは、利害関係人に対して損害賠償の責に任ずるものとされている(更生法同条の四第二項)。他方、更生手続が開始された後も当該会社は株式会社として存続することには変わりがなく、それ故、取締役等は会社の必要常置機関として選任、存置することとなる。したがって、更生手続遂行中でも取締役にその責任を追及すべき事態が発生したときは、取締役は訴えをもってその責任を追及されることがあるのはいうまでもない。そして、更生手続中の会社においては、会社の財産の管理・処分権等はすべて管財人に専属しており、右取締役に対する責任追及も会社財産の管理・処分権に含まれるから、右の訴えを提起するかどうかは、専ら管財人の判断に委ねられているというべきであって、会社が右訴えを提起する権能を有するものではない。商法二六七条による株主の代表訴訟は、取締役ら間の特殊な関係から会社が取締役らに対する責任追及を怠る弊害があることを慮って設けられた制度であり、それは会社が取締役に対する責任を追及し、その訴えを提起する権能を有することを前提とする。

そうすると、控訴人らが訴外会社に第一回請求をなし、それに基づき本件訴えを提起したのは、訴外会社の更生手続遂行中で、訴外会社の財産の管理・処分権等はすべて管財人に帰属し、訴外会社に右訴訟の提起、追行権が帰属しない場合であったから、不適法な訴えであるというべきである。

2  次に、控訴人らの当審における追加主張について検討する。

平成元年三月三一日、訴外会社の更生手続が終結したこと、控訴人らは、訴外会社に対し、第二回請求をしたが、訴外会社は、右請求後三〇日以内に右訴えを提起していないことは前記認定のとおりであるところ、右更生手続終結により、訴外会社の事業の経営権、財産の管理・処分権は管財人である被控訴人から訴外会社(取締役)に移転したものと解すべきである。したがって、更生手続終結後において、訴外会社は、自ら更生手続遂行中の取締役の責任追及をなすことは可能であるから、訴外会社に対する第二回請求を前提とする本件訴えは適法なものというべきである。これに反する被控訴人の主張は、結局のところ、控訴人らの請求が実体的要件を充足しないことをいうものであるから採用の限りでない。

すすんで、控訴人らの請求の当否について案ずるに、控訴人らの主張する被控訴人の行為、すなわち、被控訴人が昭和六一年五月三一日、下京税務署長に対してなした本件法人税申告行為は、管財人としてなしたものであって、訴外会社の代表取締役としてなしたものでないことは前記認定事実から明らかであり、また、更生手続遂行中の訴外会社の事業の経営権、財産の管理・処分権は管財人に専属するとする更生法の規定に徴してもそれは当然のことであり、これに反する控訴人らの主張は採用の限りでない。

よって、被控訴人が代表取締役として右申告行為をなしたことを前提とする本件請求(被控訴人の管財人としての責任を追及するものでないことは控訴人らの主張から明らかである。)は、その余の点について判断するまでもなく理由のないこと明白である。

三  以上の次第で、控訴人らの本件請求は理由がないから棄却すべきところ、原判決を控訴人らに不利益に変更することができないから本件控訴を棄却し、控訴費用の負担につき、民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川 恭 裁判官 福富昌昭 裁判官 松山恒昭)

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